9148ラベルデザイン作品制作解説

端 聡 (Satoshi Hata)

 

ジンの名称「9148」そしてラベルデザインについて

 

ジンが要所々々に登場する小説、ジョージー・オーウェル作「1984」のタイトル設定の定説として、ジョージー・オーウェルが執筆した1948年の4と8を入れ替え1984とし、当時の世界情勢そのものへの危惧と近未来への警鐘を暗に示したものとされている。

その分析力と表現者(小説家)としての姿勢に対し寺田氏がジョージー・オーウェルへのオマージュとして、今回、自らがオーナーとなり販売するジンの名称を「9148」と思い浮かべたのは私にも理解できる。 第二次世界大戦終了後、間もなく「1984」の執筆を終えたジョージー・オーウェルの描いた全体主義や管理主義が、すでに戦時中のドイツとイタリアのファシズムや旧ソ連の共産主義、日本の帝国主義に見られ、人間愛、自由、創造性などを倒錯(とうさく)する資質が人類にはあると暴露するその分析は表層的なSF小説とは一線を引き、真の人間学という印象もある。戦後のポル・ポト政権やルーマニアのチャウシェスク政権、現在の北朝鮮などは小説の舞台となった架空の国オセアニアそのものにも感じてしまう。ただし現在の多く国においても多かれ少なかれウィンストン・スミスが住むオセアニアの匂いを感じるのは寺田氏や私だけではないであろう。常に登場するテレスクリーンは現代の偏向報道、報道規制の連続するマスメディアであり、SkypeやLINEなどのSNSにも似た双方向のシステムは街中に溢れる監視カメラを思わせ、ミッシェル・フーコーの監獄の歴史における「パノプティコン※1」概念によく合致する。私が推測するに、もともと火種はあったにせよ寺田氏が政治学へ傾倒したのは「1984」を読み、現在我々が生きている世界と比較しオセアニアと同じウィルスが現在に蔓延しているのではないかという危惧から現代社会にワクチンを投与する必要性を感じたからに他ならない。そのことは現在に生きる若者へ向けられるのは必然的であり、寺田氏が行う若者討論会への支援や大学で自らが行う政治論講義などは、その確かな表れであると言えよう。

この度、寺田氏が販売するジン名称を「9148」とするのは、先述した通り自らの人生において大きな方向性を与えたジョージー・オーウェルへのオマージュであることは間違いないとして、では肝心の小説に登場するジンとは、どのような存在であったか?我々が通常口にする微かな針葉樹の香りがするそれとは違い、小説の要所々々に登場するジンはビクトリージン(勝利の酒)と呼ばれるものの、その味は油くさく硝酸の味がし吐き気をもよおさせる悍ましいものであり、それを飲むことは完全に党(全体主義や管理主義)に屈したことを意味する。要するに小説の中にあるジンとは自由放棄の象徴ともいえるのだ。おそらく寺田氏は1984を9148と真逆に並べ替えることにより、ディストピアに対するユートピアの如く相反する意味づけとして自らが発信するジンに希望を託しているのだ。

小説は主人公ウィンストン・スミスが、自らの人間性に封印を打ち全体主義や管理主義に屈する場面で終わりとなる。なんとも後味の悪いストーリーではあるが、小説全編の中で一つだけ希望を希望のまま置き去りにしているシーンがある。それは主人公が偶然、骨董屋に入った際にランプの光を受けて微かに光るなめらかなものが目に留まり、彼はそれを手に取っている。雨粒を想起させる半球形のガラス製ペーパーウェイトである。その中には見たこともないピンク色の複雑な形の薔薇の花かイソギンチャクに似た珊瑚が注入されており、その美しさに彼の心は惹かれるのである。彼にとってそれは単に美しいばかりではなく、今とは全く異なる時代の空気をまとっているかのように見えたからだった。微かに光るガラスの塊におそらく遠い昔の、まだ人間が人間らしく生きていた時代を推測して自らの新しい記憶にしたいと希望したのであろう。
今回、寺田氏から私はジン「9148」のラベルデザインを依頼された。寺田氏はデザインに関して「9148」に象徴される数字を主体としたものにして欲しいとの要望と、もう一つガラスの中の珊瑚をどこかにイメージさせたいとの要望があった。寺田氏も主人公と同じ希望を持ったのか、それについて直接聞いてはいないが、数字の「9148」とガラスの中の珊瑚には、ジョージー・オーウェルへのオマージュと寺田氏自身が持つ希望が確かにあると感じている。次代に向けて、いや遠い未来に向けて。

※1パノプティコン、もしくはパンオプティコン(Panopticon)は邦訳すれば全展望監視システムのこと。all「すべてを」(pan-)observe「みる」 (-opticon)という意味である。イギリスの哲学者ジェレミ・ベンサムが弟サミュエルに示唆を受け設計した刑務所その他施設の構想であり、その詳細が記された『パノプティコン』が1791年に刊行されている。(Wikipedia)